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(1)概要
今から約800年前の1227年に開創。別名「大報恩寺」。本堂は創建時そのままの姿を残し、応仁・文明の乱の際にも両陣営から手厚き保護を受けたため、奇跡的にも災火をまぬがれる。そのため京都最古の建造物として国宝に指定されている。本堂の柱には、槍や刀傷等が今でも残されており、今でも応仁の乱の痕跡を垣間見ることができる。また、無病息災を祈って冬に開催の「大根焚き」も有名。境内の「おかめ塚」にちなみ、「縁結び」「夫婦円満」「子授け」にご利益があるといわれる。
①名前の由来
本堂の本尊釈迦如来坐像(行快作)が古来より厚く信仰されていること、近くに南北に走る千本通があること、千本の卒塔婆が道に立てられていたこと、など諸説あります。
②料金
600円(本堂及び霊宝殿を訪れる場合のみ必要)
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(2)おかめ伝説
①おかめ(阿亀)
本堂建築で棟梁を務めた大工「長井飛騨守高次」の妻を指す。
②おかめ伝説
高次が千本釈迦堂の本堂を建築していた時、重要な柱の寸法を間違えて短く切り過ぎてしまった。責任ある棟梁として苦悩している姿を見たおかめは、「枡組で補えばどうか」と助言し、夫の窮地を救った。この助言で夫は工事を無事に遂げたが、「建築のプロでもない女性の提言で棟梁ともあろう人物が大工事を成し遂げたと知られれば、夫の名誉を汚し、信用も失うのではないか。この身を夫の名声のために捧げよう」とおかめは思い、上棟式を迎える前におかめは自害してしまったのである。
「おかめ」のふくよかな笑顔は、夫想いの明るい人柄を今に伝え、全国のおかめ信仰の発祥となっているが、それは悲話の主人公「おかめ」の「助け合う円満な夫婦であり続けたい」という強い思いに裏打ちされていると言える。本堂には、数多くのおかめ人形を展示するスペースもあり、見ていてクスっと思えるおかめ人形から少し怖いおかめ人形もあるので、それをみるだけでもここを訪問する価値がある。
(3)霊宝殿
行快作「本尊釈迦如来像」や快慶作「十大弟子立像」、定慶作「六観音菩薩像」などの国の重要文化財の仏像彫刻が数多く展示されている。有名な仏師の作品が数多く並んでいることに驚かされるのは当然のこぼやはかと、その表情の豊かさには目を見張るものがある。自分のお気に入りの仏像の前でゆっくりと時間を過ごすのもオススメである。
※写真の撮影は不可である。
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